SDGs, 人間, 持続可能性, 環境

記事:東京大学名誉教授 山本良一

満員の映画館の中で誰かが「火事だ!」と叫んだらどうすべきだろうか。辺りを見回して本当に火事なのかどうか、先ず自分で事の真偽を確認するのではないか。どこにも火や煙が見えず臭いもしないようなら、隣席の人にこの警報の真偽について尋ねるかも知れない。その内「火事だ、逃げろ!」と何人もが叫び出したら躊躇なく席を立って争って脱出口に向かうはずである。あるいは消火のために火元に向かって突進するかも知れない。勿論、群衆の中で警告を発することは重要だが、避難行動で負傷したり、悪くすると死者が出ることもあるので、慎重にしなければならないことは言うまでもない。
さて、現実にはあり得ない話だが、脱出口の無い映画館の場合はどうであろうか。この場合は少しでも火事の気配がある場合は誤報を恐れず、「火事だ」と叫んで全員で消火に当たらなければならないであろう。そうでなければ全員が死亡する大変な事態を招くことは明らかである。

地球温暖化問題にこれを当てはめてみるとどうなるだろうか。気候非常事態宣言(Climate Emergency Declaration = CED)は「火事だ!」という警報に相当する。地球には脱出口は無く、人間活動起源の温室効果ガスによる地球温暖化はたとえ排出量をゼロにしても千年は継続することを考えると、直ちに全員で排出量を削減し(消火)、既に現れ始めている極端気象に対応しなければならない。筆者は昨年12月に“気候非常事態を宣言し、動員計画を立案せよ”という解説をまとめ、世界の気候非常事態宣言運動を紹介した。300を超えるカナダのケベック州の自治体は独自の方式で2018年8月にCEDをしている。これを除くと、2018年12月13日の段階で24自治体(住民総数約1,500万人)がCEDを行っていた。注目されるのはロンドンがCEDを行いパリ条約の1.5℃目標達成のためのプランを公表していることである。幸いこの解説は幸せ経済研究所の枝廣淳子氏のメルマガで紹介していただいた。

それでは2019年8月2日現在、気候非常事態宣言はどこまで拡がったのであろうか。CEDAMIAのホームページの統計によれば、カナダのケベック州の394自治体を入れて数えると、18ヶ国の903自治体(住民総数約2億600万人)が宣言をしている。内訳はアルゼンチン1、オーストラリア31、米国22、カナダ448、英国283、スイス13、アイルランド12、イタリア17、ドイツ38、フランス9、ベルギー1、スペイン2、ニュージーランド13、チェコ1、ポルトガル1、オーストリア7、ポーランド3、フィリピン1である。7月だけでも英国では95自治体がCEDを行っている。ケベック州を除いて考えると、昨年12月の段階で24自治体だったものがこの半年間で509に増加したことになる。またこの5月~7月に英国、アイルランド、ポルトガル、カナダ、フランス、アルゼンチンが国家として気候非常事態宣言を行ったことが特筆される。より正確に言えば英国は「環境と気候」の、アイルランドとフランスは「生物多様性と気候」の非常事態を宣言した。映画館での火災に例えれば、観客77億人(世界人口)のうち、2億600万人が「火事だ!」(気候非常事態宣言)と叫び出したのである。非常事態にはいろいろな非常事態があるが、気候と環境が非常事態にあるということはどういうことであろうか。

1. 持続不可能(Unsustainable)から非常事態(Emergency)へ認識の転換

2019年2月18日にアメリカの著名な地球化学者ウォーレス・ブロッカーがこの世を去った。熱と塩分によって決定される海水の密度による地球規模の海洋循環についての研究で有名である。ブロッカーは1975年に『Climate change, are we on the brink of a pronounced global warming?』という論文を発表して地球温暖化という用語を定着させたと言われている。さらに2019年はNASAのゴダード宇宙科学研究所前所長のジェームス・ハンセンがアメリカ議会で地球温暖化について証言してから30年目に当たる。ハンセンは気候を安定化させるためには大気中のCO2濃度を350ppm以下にすべきと主張している。2017年の大気中CO2濃度は405.5ppmであり、工業化以前(1750年)の値278ppmと比べて46%増加している。これはCO2排出量をゼロにするのみならず大気中から大量のCO2を除去しなければハンセンの提唱する350ppmにできないということを意味している。地球が温暖化していること、地球の表面温度(あるいは世界の平均気温)は30年くらいのタイムスパンで見ると上昇傾向にあることは実証されており、その原因が人間起源の温室効果ガスの大量排出であることも今日ほぼ確立した科学的仮説である。

“環境と気候の非常事態宣言”をしなければならない状況にあるということはどういうことであろうか。77億人の世界人口が日々大量の資源エネルギーを消費し、大量の廃棄物を排出しながら各人の幸福を追求している今日の文明が生態系や地球環境に膨大な負荷をかけていることは容易に想像される。しかも毎日さらに20万人ほどの人口が増加しているのである。したがって現在の文明のあり方が持続不可能であることは早くから多くの研究者によって指摘されてきた。1970年代に出版されたポール・エーリックの「人口爆弾」やドネラ・メドウズの「成長の限界」がその良い例である。

最近の研究結果も紹介しておこう。Jan Zalasiewiczらは世界の人工物の総重量は既に30兆トンに達し、これは地球表面の1平方メートルあたり約50キログラムに相当することを示した。人類の総重量は3億トンほどなので人工物の総重量はそれより10万倍大きいことになる。実際、世界の資源採掘量は急増している。国際資源パネル報告書(2016)によれば1970年に世界で250億トンだったものが2010年には700億トンに達している。Vaclav Smilによれば人類の重量は全ての動物の総重量の30%を占め、家畜の重量67%を加えると97%となる。すなわち野生生物の重量は3%に過ぎないということになる。別の研究によれば人類は穀物生産に南アメリカ規模の土地を、家畜を飼うためにアフリカ規模の土地を使用しているそうである。その結果、人類文明が発展を遂げることのできた過去1万年間の安定した気候の完新世(Holocene)から人類が実質的に地球表面を支配する人新世(Antiropocene)へと移行しつつあると考えられている。地球システムの変化速度は完新世から人新世に移行するにあたって急激に増加したと報告されている。例えば大気中のCO2濃度、CH4濃度は550倍、285倍速い。

「人間活動の拡大による生物種の大量絶滅」

ここで1つのエピソードを紹介したい。
スタンフォード大学のAnthony Barnoskyらは2012年に“地球生命圏における状態シフト”と題する論文をNatureに掲載し、人間活動の拡大により生物種の大量絶滅が迫っていると主張した。当時カリフォルニア州の知事だったJerry BrownはBarnoskyに電話をして、科学者は論文公開だけで社会的責任を果たしたことにはならない、本当に生物種の大量絶滅が迫っているのなら2階の屋根に上って道行く人に大声で警告しなければならないのではないかとBarnoskyを説得した。そこでAnthony Barnoskyと夫人のElizabeth Hadlyは世界の500名余りの生物学者と共同で科学者のコンセンサスをまとめ2013年に公表した。この報告書が「21世紀において人類の生命維持システムを維持することに関する科学的コンセンサス」である。その要点は人類という生物種が誕生して以来、より速い気候変化が起こっていること、恐竜絶滅以来、多数の生物種と生物個体が陸上と海で急速に絶滅・死亡していること、広範な生態系が一斉に消失していること、大気・水・土地の環境汚染は記録的なレベルで増加しつつあり、予期せぬやり方で人々や野生生物を傷つけつつあることである。その結果、今日の子供たちが中年になる頃には、人類の繁栄と存在にとって不可欠な地球の生命維持システムは、このままのやり方を続ければ不可逆的にグローバルに劣化してしまうというのである。この報告書は発表後直ちにアメリカの当時のオバマ大統領と中国の習近平主席に届けられたと言われている。このエピソードは科学者の社会的責任の取り方について良い例を示していると思う。

持続不可能である指標

さて現在の文明が持続不可能であることを更に定量的に示すいくつかの指標が考えられている。例えば、エコロジカル・フットプリント(環境面積要求量)がある。2019年の世界のエコロジカル・フットプリントは地球の年間のバイオキャパシティ(生物生産力)の1.75倍と計算されている。これを1年間になおして考えると7月29日には今年の分のバイオキャパシティを消費してしまい、7月29日以降はこれまでの蓄積分の取り崩しをすることになるということを意味する。7月29日は2019年の地球の環境容量をオーバーシュートする日である。
Johan Rockstromらは地球的境界(Planetary Boundaries)について考察し、気候変動、生物多様消失速度、窒素循環は境界値を超えていると指摘している。
文明の環境負荷が膨大でいくつかの環境容量を超えているということから文明の持続不可能性については明らかである。文明が持続不可能ということはそれを支える環境と気候が持続不可能ということである。
2017年にはWilliam Rippleら184ヶ国の15,364名の科学者が署名して人類に対して2度目の警告を発表している。
『25年前、憂慮する科学者同盟と当時生存していた科学分野のノーベル賞受賞者の大半を含む1700名以上の科学者が、“世界の科学者の人類に対する警告”を公表した。これらの科学者は、人類に対する多くの厄災を避けるには環境破壊を縮小し、地球とそこに生息する生命についての我々のスチュワードシップ(管理保護責任)の強化が必要だと結論した。そのマニフェストで、人類は自然界と衝突コースにいることが示された。そこで指摘された問題は、オゾン層の欠乏、淡水の利用可能性、海洋生物減少、海洋酸素欠乏領域、森林減少、気候変動、継続する世界の人口増加である。衝突を回避するためには基本的な変革が緊急に要請されるとした。人類は“オゾン層の欠乏”以外は問題の解決に失敗し、事態を悪化させてきた。特に化石燃料の燃焼、森林伐採、農業生産によって温室効果ガスを大量に放出し、カタストロフ的な気候変動危機を招いている。また5億4千万年の歴史における第6番目の生物絶滅を引き起こしている。(Yukako Inamura, Natsuko Kaneyama訳)』
人口抑制(夫婦あたり子供2人まで)と一人あたりの化石燃料、肉、他の資源消費を劇的に減少すること、そのための13の政策を提案している。

問題は環境と気候が劣化しつつあるとは言っても、人類や他の生物にとって非常事態と呼べるような状態にあるのかどうかである。その判断は結局主観的にならざるを得ないが次の4つの報告書により、既に人類や他の生物に甚大な被害が発生しており、今後数十年で壊滅的損害が生ずるリスクがあると判断する根拠とされている。

  1. 21世紀における人類の生命維持システムの保全(2015)
    Maintaining Humanity’s Life Support Systems in the 21st Century
  2. IPCC1.5℃特別報告書(2018)
  3. ランセットカウントダウン報告書(2018)
  4. IPBES報告書(2019)

気候は非常事態にあり、解決のためには第2次世界大戦時のような動員行動が必要であるとする論説も発表されている。例えば以下のようなものがある。

(1) Don’t mention the emergency?
Making the case for emergency climate action
Jane Morton
(2) Leading the public into emergency mode
A new strategy for the climate movement
Margaret Klein Salamon
(3) The Climate Mobilization
Victory Plan
Ezra Silk
(4) Existential climate-related security risk
A scenario approach
David Spratt and Ian Dunlop

CEDを求める運動を展開しているNGOはどのような問題を“非常事態”と捉えているのであろうか。
NGOの絶滅への反乱(Extinction Rebellion)は次のような現象に言及して、総合的に人類は環境と気候の非常事態に直面していると述べている。

A) 海面水位の上昇
B) 沙漠化
C) 森林火災
D) 水不足
E) 穀物生産への被害
F) 極端な気象
G) 何百万人もの人が移住を余儀なくされる
H) 病気
I) 戦争、紛争のリスクの増大

科学者の団体Future Earthは2018年における気候科学における10の洞察を公開しているが、それはNGOの懸念を裏書きするものである。特に頻発する極端気象の大半に人間起源の地球温暖化が関与していることは今や疑いない。Event Attribution(極端気象の要因分析)の最近の進展についてはここでは省く。

2. CED(気候非常事態宣言)運動の展開

現在急拡大している世界の「環境と気候の非常事態宣言(CED)」運動のキーワードは2つある。Emergency(非常事態、緊急事態)とMobilization(動員、社会の総力を挙げての取り組み)である。この気候変動の問題の解決には社会的動員が必要だと早くから指摘していたのはレスター・ブラウンである。2003年に出版された著書『Plan B』の中で第2次世界大戦時のアメリカの総動員のような取組みに言及している。2004年にアル・ゴアは著書『真実の瞬間』や映画『不都合な真実』の中で世界的な気候の非常事態に対応するためには同様な気候動員が必要と指摘している。2008年にはオーストラリアのDavid SprattとPhilip Suttonが著書『Climate Code Red』の中で気候動員行動について詳しく述べている。

それではCEDの歴史をざっと見てみよう。オーストラリアのビクトリア州デアビンが世界で初めて気候非常事態宣言を行ったのは2016年12月5日である。2番目は2017年2月7日に同じオーストラリアのヤラである。3番目がアメリカのニュージャージー州のホボーケンである。英国ではブリストルが最初で2018年11月13日に、カナダでは2018年8月からケベック州の自治体が集団でCEDを行い、それ以外では2019年1月16日にバンクーバーが最初に行った。スイスではバーゼルが2月20日に、イタリーではアクリが4月29日に、フランスではミュールーズが5月9日に、ドイツではコンスタンツが5月2日に最初にCEDを行っている。
このようにCEDはオーストラリア、アメリカ、カナダで開始され、それがヨーロッパ各国に波及してきたことが良くわかる。ところで、不思議なのは環境先進国として知られるデンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーなどの国では2019年8月現在CEDを行った自治体がゼロであることである。またこれらの国では3月15日の一斉気候ストライキに参加した学生の数が少ない。その理由として、これらの国の首都ではカーボンニュートラルの目標を掲げて既に取り組みを始めているせいではないかということが考えられる。コペンハーゲンは2025年、オスロは2030年、ヘルシンキは2035年、ストックホルムは2040年までにカーボンニュートラルを目指して既に実行計画を作成して取り組んでいるからである。

a. カナダにおける気候非常事態宣言

ケベック州は日本の4倍の面積に人口829万人が住み、フランス文化を維持していることで良く知られている。人口の大半はセントローレンス川沿いに住んでいる。最大都市はモントリオールである。ケベック州における気候非常事態宣言(CED)キャンペーンの歴史については2019年2月にTeika Newtonがまとめている。彼女はClimate Action Network Canadaのキャンペーン責任者である。ケベック州の気候非常事態宣言の成功の裏にはいくつもの要因があるようだ。その第一はNormand Beaudetという市民運動の戦略家の存在がある。2014~2017年にEnergy East社のパイプラインプロジェクトに対する反対運動が組織された。パイプラインからオイルがもれるとセントローレンス川が汚染されて100万人もの市民の飲料水に影響が及ぶという懸念からである。CMM(モントリオール・メトロポリタン・コミュニティ)に属する80名の市長はパイプライン建設に反対の立場をとり、市民も反対運動に参加したためEnergy East社は結局プロジェクトの撤回に追い込まれた。この成功がCEDキャンペーンの成功につながったようである。Normand BeaudetはGroup MobilisationというCEDキャンペーンの組織を起ち上げた。モントリオールの北海岸沿いの自治体の首長は月に1度会合を開いていて市民からの質問に直接答えていた。市民は自由に質問でき、次回の会合で該当する首長から直接回答を得ることができた。メディアもこの会合に出席して様々な問題を報道していた。2018年夏は熱波が到来し、ケベック州では93名が死亡した。またちょうど州議会選挙の直前であった。Group Mobilisationはまさにこの時期に“気候非常事態宣言”の草案を首長会に提示したのである。首長達は一様にショックを受け前向きな反応を見せた。このようにしてCEDは州議会選挙の前に大きな運動として発展して行くことができたと言われている。またCEDのドラフトについてはオタ川沿いの自治体とも協議が行われていたことも幸いしたとのことである。2年前の大洪水で気候変動についての生々しい記憶が残っていたからである。2018年8月以降、ケベック州の394の自治体が集団でCEDを行っている。

b. アメリカにおける気候非常事態宣言

TCM(The Climate Mobilization)が中心となって気候動員運動を展開している。TCMは2014年3月に設立された。2016年にはMargaret Klein Salamonによる“市民をエマージェンシーモードに導く”やEzra Silkによる“勝利プラン”を出版している。
2017年にはJohn Mitchellによりサンフランシスコ、ボストン、アトランタ、マジソンを含む8つの都市について“導入計画”を出版した。2016年4月にバニー・サンダースがヒラリー・クリントンとの討論の際、第2次世界大戦の時のような動員を呼びかけ、7月22日には気候動員が民主党の政策の一部として正式に採用された。2018年6月にはTCMはオカジオ・コルテスの初当選を支援した。最年少の民主党の女性下院議員のオカジオ・コルテスはTCMを支持している。2017年11月1日にニュージャージー州のホボーケンは全会一致でCEDを議決し、10年程でゼロエミッションを達成することを目標とした。これはTCMのホボーケン支部の働きかけがあったからである。ホボーケンは米国でCEDをした最初の都市(世界では3番目)である。TCMはCity by Cityの戦略を取りバークレー、オークランド、リッチモンド、サンタクルーズ、ロサンゼルスなどで相次いでCEDをさせることに成功した。現在オカジオ・コルテス議員はグリーン・ニューディール政策を強力に推進しつつある。2019年7月にはバーニー・サンダースとオカジオ・コルテス、ブルーメナウアーはCED決議をアメリカ上下両院に共同提案している。

c. オーストラリアにおける気候非常事態宣言

メルボルン郊外のデアビンが2016年12月に世界で初めてCEDを議決したのにはCACE(Council and Community action in the Climate Emergency)の働きかけがあった。CACEはAdrian WhiteheadとBryony Edwardsによって設立された。これ以外にもオーストラリアの気候非常事態宣言と動員運動には多くのキーパーソンが関与している。

CEDキャンペーンの目標は政府、自治体が気候非常事態を宣言し、社会全体の資源を十分なスケールと速度で動員し、文明、経済、人々、生物種とエコシステムを守ることである。
気候非常事態(Climate emergency)という用語は2007年にDavid SprattとPhilip Suttonによって使用され一般化された。オーストラリアの職業的な気候変動に関する啓蒙団体は一貫して“Climate Emergency”という用語を使用することを拒否して来たが、草の根の活動家のネットワークによって次第に広められていった。2015年からはメルボルンのシンクタンク“The Breakthrough”がClimate Emergencyを認識するためのプログラムを出版しはじめた。オーストラリアでは草の根の活動家が署名入りの気候非常事態宣言をあらゆるレベルの政府の政治家へ提出するという運動が展開されていった。デアビン市の市議会選挙の際、候補者全員にCED支持への署名を求めたそうである。その結果選出された新議員が全員CEDを支持していたことから2016年12月5日の最初の議会の日に宣言が議決されることになったという訳である。
2019年5月のオーストラリアの総選挙では大方の予想を裏切って与党の自由・国民党連合政権が勝利を収めた。スコット・モリソン首相は次の3年間政権を維持する見込みである。アンガス・テイラー大臣がエネルギー政策と温暖化ガス排出削減を担当する。前任の環境担当のメリッサ・プライス大臣が総選挙前にアダニ炭鉱開発の連邦政府の許認可を出したことは不評だったが、スーザン・レイ環境大臣がどのように対処するのかが注目を集めている。
一方、元オリンピックの女性スキー選手のZali Steggallは前首相のトニー・アボットを破り、国会議員として連邦政府の気候非常事態宣言を推進すると表明している。さらに6月19日にはオーストラリア地方政府組織(ALGA)はキャンベラで開催された総会で連邦政府に気候非常事態宣言をすることを求める動議を可決した。

d. 英国における気候非常事態宣言

英国で最初にCEDを行ったのはブリストルである。ブリストルは2015年のヨーロッパの環境首都に選ばれるほど環境意識が高かったのであるが、次に紹介するNGO、Extinction Rebellionに大きく影響されたと言われている。
Extinction Rebellion(XR)は非暴力的な手段により気候崩壊、生物多様性減少、社会的エコロジカルな崩壊に対する抵抗運動を行うNGOで2018年5月に英国で設立された。XRは絶滅への反逆あるいは反乱と訳されている。2018年11月にはロンドンのテムズ川にかかる5つの橋を占拠して交通を妨害した。2019年4月にはロンドン中心部の5ヶ所、ピカデリーサーカス、オックスフォードサーカス、マーブルアーチ、ウォータール橋、議会周辺を占拠した。XRの大部分の活動家は進んで逮捕されることを誓約しているそうである。4月の11日間にわたるデモンストレーションの結果、1,130人の逮捕者が出たと報じられている。同様な活動はベルリン、ハイデルベルク、ブリュッセル、マドリード、メルボルン、ニューヨークでも行われた。XRの基本的な要求は、
① 政府は気候とエコロジカルな非常事態を宣言して市民に真実を告げなければならず、他の機関と連携して急速な社会変革のために働きかけなければならない。
② 政府は生物多様性の損失を停止させるために活動し、温室効果ガスの排出量を2025年までに正味でゼロにしなければならない。
③ 政府は気候とエコロジカルな正義について市民集会を開催し、その決定に導かれなければならない。

XRを支持する著名人には気候ストライキのリーダーGreta Thunberg、前カンタベリー大主教のRowan Williams、ダイベストメント運動のリーダーBill Mckibenなどがいる。

ここでその他のCEDの動向を述べておこう。ドイツでもCEDをする都市が5月以降急増している。ケルン、ハイデルベルグ、フライブルグ、ボンの4都市の市長は連名でメルケル首相に書簡を送り、連邦政府がより野心的な気候政策をとることを求めた。CEDAMIAの統計には入っていないがオランダの3都市、アムステルダム、ハーレム、ユトレヒトもCEDを行っている。インドでは約50万人の子供たちが政府にCEDを求めている。Fridays For Futureの気候ストライキをする学生はタイ、シンガポール、マレーシア、パキスタン、韓国、日本でも政府にCEDを要求している。スリランカでは大臣のPatali Champika Ranawaka氏が政府にCEDするよう提案したと報じられている。

さてCEDは他の機関、団体にも及びつつある。大学では4月17日に英国のブリストル大学は初めてCEDを行い、2030年までにカーボンニュートラルを目標とし、1年以内に完全ダイベストメントするとしている。次にニューカッスル大学、グラスゴー大学、キール大学、リンカーン大学、バルセロナ大学、エクセター大学、南コネチカット州立大学、イーストアングリア大学、デ・モントフォート大学、ファルマス大学が続いてCEDを行った。7月10日には7000大学のネットワークであるEAUC(教育におけるサステナビリティリーダーシップのための同盟)などが公開書簡を発表しCEDを行っている。「私たちが教えることが未来をつくる」という認識の下にカリキュラム、キャンパス、アウトリーチ全般に渡って環境及びサステナビリティ教育を強化するとしている。既に100を超える大学が署名しているが2019年以内に1万の大学が署名することを目指すとしている。
王立英国建築家協会(RIBA)や米国建築家協会(AIA)も環境と気候の非常事態宣言を6月に行った。英国では4月に芸術と文化関連の193団体がCEDを行っている。この動きは今や民間企業にも波及しつつある。

3. 青少年の気候ストライキへの科学者の支持

青少年の気候ストライキはスウェーデンの15歳の1人の少女から始まった。2018年8月20日グレタ・トゥンベリ(Greta Thunberg)は国会横に1人で座り込んだ。彼女のプラカードには「School Strike for the Climate(気候のための学校ストライキ)」と書かれていた。2018年の北半球の夏は多くの場所が猛暑に見舞われた。埼玉県熊谷市では41.1℃を記録し、7月の日本の熱中症による死者は千人を超えた。スウェーデンも厳しい熱波や森林火災に襲われた。グレタはスウェーデンがパリ協定に従ってCO2排出を大幅に削減すること、科学的知見に基づいて政策決定を行うことを求めて総選挙の日の9月9日までストライキを続けた。彼女の母親のMalena Errmanは有名なオペラ歌手で、父親はSvante Thunberg、遠い祖先にはノーベル化学賞受賞者で大気中のCO2濃度の増加による地球温暖化を論じた科学者Svante Arrheniusがいる。グレタ・トゥンベリの単独ストライキはたちまちのうちにスウェーデン国内で報道され、数日後には同調者が現れた。スウェーデンの総選挙後はグレタは毎週金曜日に気候ストライキを実行した。このためFridays for Future(未来のための金曜日)運動と呼ばれることがある。グレタの勇気ある行動は瞬く間に全世界の青少年に深刻な影響を与えた。9月4日にはオランダのハーグで数名の学生が、9月21日にはオランダのザイストで10歳の少女Lily Plattが母親に見守られながら気候ストライキを行った。11月28日にはオーストラリアのキャンベラで100名の学生が、11月30日には全土30ヶ所で15,000人の学生が気候ストライキを実行した。規模の大きな気候ストライキとしては12月21日スイスの4都市で4,000名、2019年1月10日ベルギーのブリュッセルで3,000名、更に1月17日には12,500名、1月18日にはドイツ50ヶ所で35,000名が気候ストライキを行い、世界の大潮流となった。

ストライキを行う学生たちの言い分はどんなものだろうか。小中高校生が中心であるため、選挙権が無い自分たちにはストライキによって意見を表明する権利があること、大人たちは温室効果ガスの削減に直ちに取り組まず2030年にも予想される壊滅的気候崩壊という結果を自分たち若い世代に押し付けるのは正義に反する(気候正義)、IPCCの1.5℃特別報告書に書かれているように2030年までに温室効果ガスの排出量を2010年比で50%削減し、2050年には正味でゼロにすることを目標として欲しいこと、そのためには国家として気候非常事態を宣言し、グリーンニューディールを実施することなどである。

3月15日には世界一斉ストライキが行われた。Fridays For Futureなどの集計によれば125ヶ国、2083ヶ所で気候ストライキが行われ150万人以上が参加したとされている。オーストラリアで15万人、ドイツ30万人、カナダ15万人、イタリア20万人、フランス20万人などである。日本でも数百人の学生が参加した。3月15日の一斉ストライキに前後して世界の3万人ほどの科学者達は続々と青少年の気候ストライキへの支持声明をそれぞれ発表している。フィンランド、ベルギー、ドイツ語圏3ヶ国(ドイツ、オーストラリア、スイス)、オランダ、イギリス、ニュージーランド、オーストラリア、アメリカ、カナダなどである。

各国別の支持声明以外にScience4月号には国際的な科学者団体「Scientists For Future」が公開書簡“抗議する若者たちの懸念は正当である”を載せた。これには筆者を始め3,000人の科学者が署名している。支持声明の主な主張は2つある。第一に気候変動の科学的証拠は明確であること、現在の気候、生物種、森林、海洋、土壌保護のための対策は十分ではないこと、私たちが行動しなければ文明の崩壊や自然界の消滅は目前に迫っていることである。第二に気候変動に対して直ちに決定的な行動を要求し、気候ストライキを行う若者を支持する。そのリーダーシップ、気候正義に基づいた世界建設へのコミットメントに対して感謝すると共に、気候ストライキを行う若者たちは私たちの尊敬と完全な支持に値すると述べている。青少年の気候ストライキを支持したのは科学者ばかりではなかった。パリ、ミラノ、シドニー、オースティン、フィラデルフィア、ポートランド、オスロ、バルセロナ、モントリオールの9つの都市の市長は気候ストライキへの支持を表明した。これらの9つの都市は既にパリ協定の1.5度目標を掲げている。アムネスティ・インターナショナルも気候ストライキを行うのは若者の権利だとしてこれを擁護する声明を出している。

4. 気候非常事態宣言の急拡大の理由

どうして「火事だ」と叫び緊急行動を促す声がこの1年間に急増したのであろうか。その理由として考えられるのは、

① 2016年のパリ協定の発効により世界全体で気候変動に取り組む体制ができたが(ただし、米国は離脱を表明)、政策の遅れがあり1.5℃目標どころか2℃目標の達成もおぼつかないこと
② 極端気象の頻発や生物多様性の急速な減少が起っていること
③ 科学的知見の蓄積(IPCC1.5℃特別報告書、IPBES報告書、ランセットカウントダウン報告書など)、気候変動は公衆衛生上の緊急事態であり、今ここにある問題という認識が広まったこと
④ ダイベストメント運動の急速な進展(化石燃料からの投資撤退と再生可能エネルギーへの投資)。NGOの350.orgのホームページを見ると世界のダイベストメントは7月段階で9.2兆ドル、1,076機関に達している。また58,000人の個人が52億ドルのダイベストをしている。ケンブリッジ大学、オックスフォード大学、スタンフォード大学など世界の60以上の大学はダイベストをしている。
⑤ 青少年による気候ストライキの爆発的拡大、学生たちは気候非常事態宣言を要求、3月15日には150万人、5月24日には180万人の青少年が全世界で気候ストライキを行った。国内では気候ストライキに参加する青少年は数百人程度だが、ドイツやフランスでは30万人という大人数である。また小学生が親と共に参加しているなど家族ぐるみで行動している。
⑥ オーストラリア、米国、英国など各国における様々なNGOによる気候非常事態宣言や気候動員計画を推進する積極的な活動。
⑦ 各国の科学者はそれぞれ声明を発表して学生の気候ストライキを支持している。
⑧ 多くの国では緑の党が存在する。オーストラリアでは気候非常事態宣言運動を展開する政党が2つ(Save the Planet, ICAN)ある。また経済合理性の他に、環境倫理、気候正義についても議論が行われている。気候ストライキをする青少年は気候正義を要求している。

 さすがにこの世界の大潮流を感じ取ったか、5月11日に京都市が、5月21日に東京都が、6月17日に横浜市が2050年までに正味でゼロカーボンの、パリ協定の1.5℃目標と整合的な削減目標を公表した。日本政府は6月にパリ協定の長期削減目標として2℃目標と整合的な21世紀後半のなるべく早い時期に正味でゼロカーボンと決定しているが気候非常事態宣言の世界的拡大から見ると物足りない。京都市、東京都、横浜市はCEDを議決してはおらず、市民からの盛り上がりに欠け、首長の野心的な目標設定に止まっている。

CEDを宣言する世界の自治体、大学、その他の団体は日に日に増加しつつある。国連事務総長Antonio Guterresは人類と地球上の生物は「直接的な存在的脅威(direct existential threat)に直面していると述べ、ローマ法王は気候非常事態に直面して直ちに行動をおこさなければならないと発言している。既にCEDを行った自治体では、カーボンニュートラルや気候変動適応、環境保全のための“気候動員計画”が十分かどうかに議論が移っている。

日本はこのまま“環境と気候の非常事態”を宣言せず、危機意識不在、国民運動不在、国民不在のまま現在の環境危機、気候危機を乗り切れるであろうか。筆者はそれは不可能であると考える。国民に人類の直面する環境と気候の非常事態について率直にあからさまに語ることによって政府の推進する“経済と環境の好循環政策”、SDGs達成、ESG投資も成功するのではないだろうか。
筆者らは3月1日に日本の1700を超える自治体の首長に対して“気候の非常事態を宣言し動員計画の立案実施”を求める請願書を316名の署名を付けて公表した。残念ながら8月2日現在、国内の自治体でCEDを行った自治体はゼロである。7月17日にはフィリピンのネグロス島の州都、バコロド市がアジアで最初のCEDを行った。ネグロス島の全ての自治体に呼び掛けて2019年内にサミットを開催し、CEDについて議論すると伝えられている。
日本も世界の潮流に後れず、CEDを重要な契機としてゼロカーボン革命に乗り出さなければならないのではないだろうか。本論文は筆者の調査し得る範囲の資料を基に現状を整理したものであり、見落としや誤りがあるかも知れない。読者のご叱正をお待ちしたい。

参考資料:CEDの世界の現状

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