一般社団法人エシカル協会 代表理事 末吉里花

私たちが生きる時代とは

私たちは、今、間違いなく大きな変化の時代を生きています。
新型コロナウィルスによって、今までとは異なる新しい行動様式が生まれ、刻一刻と変わる状況に合わせながら暮らしていくことが求められています。時代というのは移りゆくものですが、多くの場合、前の時代の弊害や問題を乗り越える形で変わっていきます。 今、私が感じていること。それは多くの人たちが必死で踠きながら、コロナ以前の状態に戻ろうとするのではなく、希望ある新たな世界像に向けて歩み始めている、ということです。とはいえ、現実に目を向ければ、コロナ前よりさらに、不安定で、不確実で、不透明な時代になった感は否めません。人々は、何が正しい道なのか、何を選択すればより良い方向に向かうのか、とても迷っているように見えます。
そんな時、人々は正解を求めるようになります。失敗はしたくない、間違いたくない、という思いで、暮らしや自分自身に対しても、社会に対しても、正しさを課すようになります。でも、正しさってなんでしょう。

正しさって何?

ここ最近、実に多くの似たような質問や悩み相談をいただきます。
「地産地消と遠く海外から運んできたフェアトレード製品はどちらがエシカルで、どちらが正しいのですか?」、「100%リサイクル・ポリエステルと100%オーガニック・コットンのTシャツはどちらがエシカルで、どちらが正しいのですか?」、「時代とともに良い悪いという常識が変わっていく中で、本当に正しくて、エシカルな消費をしていくのは難しいように感じる。一歩踏み出すにはどうしたらいいですか?」。エシカル消費の範囲は多岐にわたるので、多くの人はその中でもどれが最善なのか迷うようです。
例えば、一つ目の質問に、はっきりとした答えを言えませんが、私はこう答えています。

「私たちが普段消費をするものの多くは途上国で作ってもらっており、そこで働く人たちが安い賃金で長時間労働を強いられ、苦しい思いをしている場合があります。子どもたちが働かされているという児童労働という問題も潜んでいます。こういったことがないように、フェアトレードというビジネスの仕組みが生まれました。
一方、地産地消を推進すると、お金やものが地域の中で循環をするので、地域の外にお金が出ていくことなく、その地域全体が持続可能な形でうまくまわっていく、ということにつながります。
これは農作物だけの話ではなく、エネルギーや他のサービスも一緒です。モノを遠くから運んでくるとその分CO2も排出し、温暖化を加速させることに加担します。なので、できる限り輸送の距離が短い地産地消はエシカルである、と考えられています。
方法や評価基準は異なりますが、どちらも社会的な課題を解決しようというアプローチです。 エシカル消費に正解はありません。
エシカルは非常に広い概念で、評価軸は多岐にわたり、 ひとつの側面から見てエシカルなものがあったとしても、他の側面から見たらエシカルでなかった、ということもあります。正しいと思っていたことが、実は間接的に新たな問題を生み出していた、ということもあります。
それでも、トライがあるからこそ、エラーから学び、次のステージでより完璧に近いものを目指すことができます。 いまある世の中のエシカルでないもの、サステナブルでないものを、様々な人たちが様々な場所で、色々な手法で改善していく作業がされており、私たち消費者がそういった視点を持ってモノづくりをしている人たちを応援していくことがエシカル消費です。 どの価値観を優先させるかは、個人によって異なることは当然だと思います。大事なことは、たとえ異なる意見でも十分にそれを聞き、理解し、自分自身で考え、判断することではないかと思っています。
自分が置かれた状況の中で、何を選べば、どんな影響があるのかを自分の頭で考え続けていくことが大切だと思っています。私も日々、色々と頭を悩ませながら考え続けています。」

私が代表を務めるエシカル協会で相談役を務めてくださっている枝廣淳子先生から大切なことを教わりました。

正しさとは、「一」と「止まれ」でできていて、「この線で止まれ」という意味だ。「この線」のことを規範といい、難しい言葉だけれども、人を傷つけてはいけない、動物も大事にしよう、自分たちだけがいいわけにはいかない、未来の世代のことも大事にしよう、など色々な規範がある。規範は、ラテン語のルールが語源で、私たちの判断や行動の基準のことを指す。環境問題や動物福祉など色々な問題が起きているのは、「この線」がわからなくなっている、もしくはわかっていてもそこで止まらない人が増えているのかもしれないと。どこに「この線」をひくのか、そんなに簡単に決められないかもしれない。それでもどこに線をひくのか、そういったことを考え続けていくことが大事である。

内なる規範=エシカル

枝廣先生の教えから学んだのは、正しさはひとつではなく、正解はない、ということです。大切なのは、「この線」を一人一人が心に持つことであり、「内なる規範」を持つことで「エシカルな自分づくり」ができる、ということ。正しさを人に押し付けるのではなく、自分の内なる規範に従って、影響をしっかりと考えながら暮らしの選択を続けていく。これからの時代を生き抜くための道しるべとなるのは、こうした「内なる規範=エシカル」を持ち、お互いの規範に耳を傾け合うことにあると思います。
東洋思想の学者、田口佳史先生は「内なる規範」のことを「正々堂々と生きる」ことである、とおっしゃっています。やましいことがなければ、何を憂い、何を恐れる必要があるのか、と。こういう生き方こそ「エシカルに生きる」ということであり、先行きが見えない時代を生きる私たちにとって一番大切なことなのではないでしょうか。

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