第四回エシカルラボより

 

第四回エシカルラボでは、公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本の土井氏にお越し頂き、サプライチェーンに関わる人権についてお話頂いた。

 

アムネスティの活動内容、ビジネスと人権についての問題提起

公益社団法人アムネスティは、世界人権宣言に書かれている、すべての人々の人権が守られることを目指して活動している。
国際NGOとして、現在80ヵ国で活動を展開している。
サポーターは700万人に上り、サポーターを巻き込んでの草の根活動を行っている。1977年にはその活動が評価され、ノーベル平和賞を受賞した。

アムネスティは、様々なテーマを扱っている。
死刑廃止を求める活動、難民受け入れ拡大キャンペーン、LGBTの人への差別をなくす法律をつくるキャンペーン、人権擁護活動家を守るキャンペーンなど、日本支部でも活動の範囲は広い。

そしてこの中のひとつに、「企業の説明責任(Corporate Accountability)」がある。
これには、国の経済規模を越えるような超大企業の台頭、そうした企業の社会に対する説明責任の拡大が背景にある。

 

国際的な視点からのビジネスと人権

実際にビジネスと人権(企業の人権侵害)の問題に関わるアムネスティの2つのレポートを紹介する。

ひとつ目は、みなさんが使っているスマートフォンに関してのレポートを紹介する。アムネスティは2016年1月に、『命を削って掘る鉱石』というレポートを発表した。(当団体のウェブサイトよりダウンロード可能)
コンゴ民主共和国南部のコバルト鉱山で働く採掘労働者の過酷な労働環境と、そのサプライチェーンを調査したレポートである。

コバルトは、小型充電式リチウム電池などに多用されており、コバルト世界産出量の半数以上がコンゴで採掘されており、さらにそのうち20%のコバルトが同国南部で、手掘りかつ十分な装備なしで採掘されている。
そうした過酷な労働環境を強いられる労働者が11~15万人いると推定される。これらの鉱山では、当たり前のように子どもの児童労働も蔓延っている。

レポートではAppleやSAMSUNG、Microsoft、SonyなどのIT機器、さらに日産、ルノーなどの電気自動車の充電式リチウムイオン電池にこのコバルトが使われているのではないかという指摘をしている。

コバルトは未だ、国際的な規制の対象外となっている。問題自体の指摘はNPOなどによって何十年もされてきたが、具体的な施策の動きは見られなかった。

ちなみに紛争鉱物と呼ばれる金、スズ、タンタル、タングスに関しては取引に関する国際的な法規制がある。

 

労働者の置かれている厳しい現状

現地では具体的に何が起きているのだろうか。
現地ではずさんな労働環境整備によって様々な問題が発生している。たとえば、坑道に酸素を送るために使われるガソリンがしばしば切れて、窒息死する労働者が毎月発生し、しかも彼らの遺体は瓦礫に埋もれたままになる場合も多い。
コバルトの粉塵を吸い込んで呼吸器系の健康被害が発生することも多々あり、成人男性が地下で掘ったコバルトの洗浄や粉砕を地上で行う女性や子どもにも同様の健康被害が発生している。
これらの問題は、採掘場として無認可の場所での採掘時に多く起きる。時には一般家庭の敷地内で知識もないまま採掘が行われる。

児童労働の問題も深刻で、4万人いると言われるコンゴ民主共和国内の児童労働のうちほとんどがコバルトに関連するものと見られる。
子どもたちは1日1~2ドルのために重労働を強いられる。この中には学校に通うためのお金を稼いでる子どももいれば、学校に通えていない子どももいる。
採掘産業は国際的にも最悪の児童労働形態とされており、早急な解決が求められる。

同国で一次精錬されたコバルトの40%が中国の精錬業者(華友コバルト)に流され、二次精錬されたコバルトが各部品メーカー、バッテリーメーカーの順に渡っていき、最終製品は欧州や日本などに行き着く。

アムネスティのレポートはこのサプライチェーンに関わる問題について、コンゴ政府への提言、中国政府への提言、そして企業への提言を行っている。コバルトを含む製品を扱う企業に対しては、劣悪な労働環境でコバルトが採掘されていないか自社調査を行い、情報公開をすることを求めている。

このレポートはワシントン・ポストの記事に取り上げられ、その日本語版記事もCOURRIER JAPONに掲載された。
またこのような流れを受けて、企業が動き始めている。また17年11月には、前回のレポート以降の改善の進捗状況を調査したレポートを発行した。
調査により、対象企業の中でコバルトの調達先を初めて公表したAppleなどのIT企業の取り組みは進んでいるが、電気自動車メーカーは遅れを取っていることがわかった。

しかし先進的な企業がある中でも、アムネスティが行う企業の5段階評価ではどの企業も最高で4となっており、すべてを完璧に克服した企業はまだない。

また、企業が動き始めていることは進展と言えるが、レポートが最初に発表されてから2年が経った今も、現地の状況はほとんど何も変わっていないのが現況だ。
企業の取り組みが現地の労働環境に反映されるには相当の時間がかかることもあり、さらに早急な改善が求められる。

 

もうひとつ、2016年11月に公開したパームオイルと労働者に関するレポート『パームオイルに潜むスキャンダル』についてお話する。

このレポートでは、パームオイルの生産において世界最大手のウィルマ・インターナショナル社が経営、取引を行っている、インドネシアのアブラヤシ農園5社を調査した。
これらの農園では、児童労働、健康被害、賃金問題などが発生している。
さらにこのレポートでは、それらのパームオイルが9社の大手食品、日用品メーカーに使われている可能性があることを指摘している。

パームオイルは私たちの生活にとても身近であり、実はスーパーで目にするような市販品のおよそ半数に使われている。
近年では食品以外にも発電用の燃料として大量に使われるなど、使用料がここ10年ほどで倍増しており、これからも増え続けると予想される。

アブラヤシ農園のプランテーションに関わる環境や人権問題など、様々な社会的問題の発生を受けて、「持続可能なパームオイルのための円卓会議(RSPO)」が立ち上げられた。
一方でこのRSPO認証を取得している農園や最終加工メーカーなどにおいても、当団体の調査では問題が起きていることが分かった。

アブラヤシの収穫は重労働である。
炎天下での重労働にも関わらず、ノルマ制などの理不尽な制度によってさらに厳しい労働環境が強いられている。
減給や賃金未払いなどが多くあり、強制労働が横行している。ノルマ達成のために配偶者や子どもが手伝う場合もある。

農薬を撒く作業は女性に振り当てられる場合が多く、健康被害も発生している。除草剤のパラコートはEUでは使用が禁止されているほどの毒性の強い薬品だが、長靴や手袋などの必要な装備がない状態で扱わなければならない。
また、収穫を行う男性の多くが正規雇用であるのに対して、女性は社会保障などのない非正規雇用である場合が多い。

サプライチェーンを辿ると、こうした問題のある5農園から搾油場にアブラヤシの実が運ばれ、後に7つの精製場を通して最終的にユニリーバやネスレなどの食品、日用品メーカーに繋がる。

アムネスティは企業に対して、サプライチェーンの透明性がないことを指摘している。自社のサプライチェーンを透明化し、どこに問題があるのか、どう解決するのか、どのようなリスクがあるのかを明確にする必要がある。
加えて、デューデリジェンスの仕組みが不十分であるという指摘をしている。自社が調達する原料がどのような環境で生産されているかを調べ、未然に人権リスクを特定することが求められる。さらに消費者への説明責任が不十分であると考える。
消費者が選ぶ権利を尊重するための情報提供が十分にされていない。そして最後に、認証制度への依存が上げられる。前述した通り、認証されている農園や企業にも問題が起きている場合があり、調達する企業は自社調査を怠らないことも大切である。

このパームオイルに関するレポートでは、インドネシア政府への提言、ウィルマーと取引企業、そしてパームオイル産業全体への提言をしている。
レポートは各国メディアに取り上げられ、ウィルマーやその他の指名企業はレポート発行を受けて改善の動きを見せた。

 

ビジネスと人権に関する国際人権基準と企業の責任

そもそも人権とは何だろうか。
「人権」の共通基準は30の条文から成る「世界人権宣言」に記されている。これはすべての人間が生まれながらに基本的人権を持っているということが初めて世界共通認識として認められた宣言である。当団体では日本語版を「人権パスポート」として発行している。
人権という概念が分かりにくいという意見も多いが、この世界人権宣言の条文を読むと分かりやすい。ただ人権は常に進化するものであり、時代によって広がりを見せるものでもある。

ところでなぜ企業は人権に取り組む必要があるのか。
企業はその活動が社会に与える影響力を理解し、世界で搾取的な労働を助長していないかということに対して、責任を持つ必要がある。

国際労働組合総連合(ITUC)は2017年10月に出した『The Future of Work』というレポートにおいて、「世界の労働力は危機的状況にある」とした。
また国連も『国連ビジネスと人権に関する指導原則』や『保護、尊重、救済のフレームワーク』を出しており、企業には人権を尊重する責任があり、人権侵害を受けた人々に救済へのアクセスを提供する必要があるとしている。
これは従来、人権を守ることは国の役割とされてきた中、画期的なものであった。

具体的に企業が人権を尊重するために求められる責任は次の3つがある。

(1)人権方針を自社として策定すること

(2)人権デューデリジェンスの仕組みを持つこと

(3)人権侵害が起きたときの是正措置を設置すること

人権デューデリジェンスの仕組みとは、人権への負の影響を特定、評価、優先順位付けをし、防止・軽減の仕組みづくりをし、その仕組みが働いているか追跡・評価し、さらにその結果を公表・報告していく、この一連の仕組みを指す。
またデューデリジェンスで管理すべき責任範囲は広く、サプライチェーンに加えてバリューチェーン、すなわち製品が使用されて廃棄処分されるまでの責任が求められる。
フランスやオランダなどの欧州では、デューデリジェンスを義務付ける国もある。欧米を中心に、人権に関する法規制が増えているのが国際的な潮流である。

 

日本企業の取り組み

こうした中で、日本企業はどのように人権に対応しているのか。日本のメディアが初めてビジネスと人権について大きく取り上げたのは、2014年の日経エコロジー2月号『忍び寄る人権リスク その経営は世界で通用しない』という特集であった。
また2016年6月には日経新聞が初めて大々的に企業と人権侵害についての記事を出した。日本企業による原料調達に関わる労働問題や、欧米に遅れをとる日本の法規制の問題が取り上げられた。
2014年以降、日本企業は国際的に名指しで人権侵害が取り上げられるようになった。
例えばSonyは、同社が生産したカメラなどがイスラエルの戦闘用ロケットに使用されていることが摘発された。

このような流れを受けて、ANAや花王がNPOと連携して問題に取り組むなど、2017年5月1日には同じ日経新聞で、日本企業は少しずつサプライチェーンの問題に対して動き始めているという記事が出された。

日本企業の取り組みの例としては、例えば時計メーカーのCITIZENが三年越しのプロジェクトを実現し、紛争鉱物を全く使っていない女性用腕時計を発売した。
ユニクロのファーストリテイリングは2018年8月に工場での通報制度を設けた。これは近年注目されている、人権侵害を最小限のうちに解決するための苦情処理メカニズムである。
企業にとっても、リスクマネジメントの一環として制度化するメリットが大きい。

またANAは2018年に、国際的にも珍しく日本企業初の人権報告書を発表した。取り組みは発展途上であるが、人権への課題意識や取り組みを世の中に発信することが重要である。

企業だけでなく、ようやく日本政府も動き出した。2016年11月の国連のフォーラムにおいて、『ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)』を作ることを発表した。
2019年後半には原案を作成し、オリパラ前には公表するとしている。このNAPはカナダ以外のG7はすでに作成しているため、オリパラの開催を受けてやっと追いつくといった形だ。

 

なぜ企業は「人権」に取り組まなければならないのか

近年ではSDGsに関して企業が精力的に取り組み日本政府もそれを後押ししているが、『誰一人取り残さない』というスローガンが示すように、SDGsの根底にあるのが「人権」である。

当団体のようなNGOは人権に関して「マイナスをゼロ」にするための提言を行っているが、企業がSDGsに取り組むことで「ゼロからプラス」を増やすことができる。
ただ二酸化炭素排出量のように、マイナスをプラスでオフセット出来るわけではなく、あくまで問題のある分野をゼロの状態にする取り組みが必要である。
各社が関わる人権リスクを着実に把握しつつ、SDGsの取り組みにも繋げることが大切だ。

近年少しずつ増えてきている企業の人権への取り組みだが、それについての評価も行われるようになってきている。
公表された評価内容は、投資家の動きにも影響を与えている。本日は『Know the Chain』、『Corporate Human Right Bench Mark』という2つの評価指針を紹介したい。

前者はアメリカを拠点にしているネットワーク(ウェブサイト)であり、企業や投資家向けにサプライチェーンにおける強制労働に関しての情報を提供する活動を行っている。
強制労働が特に問題になる3つのセクターごとに企業ランキングを公開していて、日本企業も含まれている。これは公開された評価指標に基づいて、各企業が公開している情報を評価、ランキングを作成する。

後者は、強制労働だけでなく人権に関する取り組み全体を評価しランキングを公開したものである。農産物、アパレル、採掘業の、人権リスクが特に高いとされる3セクターについての評価を行っている。
このレポートにはイオンとファーストリテイリングの2社が日本企業として上げられている。このランキングの上位には過去にNGOなどによって人権侵害を摘発された企業が多い。
これは、指摘されたことで問題が明らかになり、改善や情報公開が進んだという表裏一体の関係を示していると考えられる。

その他の企業に関しては、とにかく人権リスクに対する問題意識や進行中の取り組みを外部に公開するということが求められる。
特に日本企業は情報公開に関して謙虚になる姿勢が多く見られるが、それはとても残念なことである。世界から評価されるためには、100%でなくても問題意識や小さな取り組みから積極的に公開する必要がある。ビジネスと人権では、この「Knowing and Showing」が不可欠である。
社会的な動きによって日々進化する「人権」に対して、自分達の姿勢を常に世界に見せていく、ということが大切ではないだろうか。

 

 

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