MC Planning, Inc., 代表取締役 薄羽美江

ME からWEへ。

このキーワードを、『論語と算盤』という道徳経済を説かれた日本の資本主義の父、渋沢栄一の玄孫であられる渋澤健氏が、最新のシブサワ・レターで配信されていた。JEI 山本良一名誉会長が主催されるエシカル朝食会において、昨秋、渋澤氏にご講演いただいた際に、持続可能性 – Sustainability(サステナビリティ)は、できるかできないかという「AかBか」という「or –か」ではなく、何をどのようにしたらできるようになるのかと追求し続ける「AとBと」という「and –と」に着目されていたことを思い起こす方もあると思う。別のご講演の機会で、それを「資本主義 – or 」「合本主義 – and」と表現されていたことも重ねて思い出される。果たして、BEFORE CORONA(コロナ前)からWITH CORONA(コロナ禍中) 、そしてAFTER CORONA / POST CORONA(コロナ後)へ、これまでからこれからへの社会変革は、どのように巻き起こるだろうか。

ME という「私」を中心とするものごとの選択は「自己都合」が優先されるため、WEという「私たち」の「他者とともにある社会配慮」を重視しにくい。自ずと他者排除、無視、無関心という社会分断を招くことにつながってしまう。とりわけ21世紀の資本主義は、他者に勝つか負けるかという競争原理の激化により、貧富や優劣の格差が著しい包摂不全の状態を招いてしまった。2015年9月に国連において193カ国の全会一致の合意を得て推進されているSDGsの取り組みは、世界の「誰も取り残さない」というWE志向を据えてはいる。けれども、2000年代から普及し始めたインターネット・テクノロジーによってグローバリズムが台頭し、グローバル・サプライチェーンが広がることが、先進国からの途上国に対する搾取構造を強めることとなってしまった。また、アメリカ巨大IT企業に莫大な利益が集中している。2020年4月には、世界にコロナリスクが蔓延する禍中、GAFAM企業5社の時価総額が東証一部上場企業約2170社の時価総額の合計を歴史上初めて上回っている。約14億人の人口を抱える中国が急激な経済発展によってアメリカと世界を二分する国家にまでなったことなども、強者と弱者がますます顕現していく世界情勢を示す最中に、新型コロナウイルスの世界的感染が広がるパンデミックが巻き起こった。今後もME志向のままに進むならば、一層強いものと弱いものの格差を広げ、ますます社会を分断してしまう。

しかし、地球規模のパンデミックは、弱いものが増えゆくことが強いものの不都合に最終的には跳ね返ってくるリスクがあることにも気づくこととなったのではないか。それは、地球上の平時が突如として有時に巻き起こまれ、万人に等しく生死を分かつ社会機能不全のリスクであって、今後もグローバルに連なりあっていく生命脅威を、今、私たちは日々ありありと目の当たりにしている。そして、人と人が直接接触しないことによるメリットとデメリットを通じても、私たちは日々のライフスタイルを平時からリスク管理することの重要性を痛感することとなった。それは、風が吹けば桶屋が儲かるというバタフライ効果=部分が全体に影響し合っているという目に見えないつながりを理解し、より細やかに有時を想定して「平時からの備えあれば憂いなし」という安全安心を担保する「新しい持続可能な生活様式」の選択につながる。それを、真に持続可能なエシカルライフと呼ぶことができるようになるのではないか。

新型コロナウイルスの脅威から、なにより生存を優先することがエッセンシャル(本質的に欠くことができない最重要)であり、世界中の医療現場のエッセンシャル・ワーカーの方々への尊敬と感謝を私たちは新たにすることとなった。一方で、感染爆発を招かないように、市民一人ひとりが、自己責任において科学的知見から正しく公衆衛生を理解し、手を洗う、うがいをする、日頃の衛生行動を習慣化し、具合が悪くなったら人と接触しないよう配慮する、外出を自粛するというソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を守ることが新たな社会ルールとなった。それは、これまでに目に見えて意識されることのなかった、ME(私)を守ることがWE(私たち)を守り合うという、自己管理が他者配慮に直結することの理解と実践に繋がっている。そこで極めて重要なことは、科学的調査に基づく正確な情報が世界規模で正しく共有される透明性であろう。各国の門戸を閉ざして人の往来を断絶し相互感染への警戒を強めざるを得ない今、感染の終息、または完全なワクチンの発見が救済とならなければ、世界経済恐慌は回復しないという危機が叫ばれている。透明性の統治も約束されなければ、ヒト・モノ・カネの国際資本や資源、労働力、観光者の移動制限も解除できない。この解決の長期化の困難さの中で、私たちはいよいよ自らの生活に向けて、自助、共助、公助の相互連携を見つめて、自給、自足、自活という点から国も社会も自衛を見つめ直さなくてはならなくなっている。

今、未来への投資を考えるのであれば、明らかにMEからWEへの「教育」がエッセンシャルではないか。現在、新型コロナの禍中にあって、企業はテレワーク、大学はオンライン授業という、共有情報が非接触でもログとなってデータ化される再構築が推進されている。ITリテラシーとともに、自宅における自己管理も心身ともに良いバランスが求められている。私が担うある企業の管理業務においては、新卒を迎えて組織構築してきたエッセンスがこの機に一気に開花した。マネージャーが部下を思い遣る懐の広さや優しさが、同時に社員間でもお互いを配慮する共感メッセージとなって業務上でやり取りされ、業務も円滑、プライベイトも家の中のことも豊かに充実している。MEの「競争」ではなくWEの「共創」という協働感覚が繋がり合うことによって生産性も関係性も成長、高度化してきている。それは、正社員も契約社員も格差なく大事にしてきた組織だからこそ、この有事に絆が強まっているのだと学ぶ。一方で、今、大学生13人に1人が、コロナによる世帯収入やバイトの激減によって大学退学を検討せざるを得ないという調査が報道されて以降、政府による救済策も真剣に取り組まれつつある。これまでの「教育か経済か」という二項対立の発想ではなく、これからの「教育も経済も」という二項同体への合本に向かう叡智こそが優れた未来の人財開発につながり、マスクやワクチンと並ぶ「コロナ特需」となれば、実質的な国力を発展させることにつながるのではないか。その本質を見抜くためには、他者の立場に立って丁寧に細やかに状況を読み取り、対策を講じるというプロセスが求められる。これまであまりにも乱暴に経済合理性や迅速性を最優先し、行きすぎてしまったもの・急ぎすぎてしまったものを、今、一度立ち止まってよくよく再考し、真価を見つめ、進化・深化に向かうチャンス到来である。*

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